ざまぁ!

先日、前職の元同僚たちと食事に行きました。残された皆は大変なトラブルに見舞われたそうです。それは申し訳ない事をしました。本当にごめんなさい。しかし、当初の狙い通りスタッフの再編があったようです。

前職の会社は3~4年周期で大幅な異動があり、昨年それがあったばかりです。私の所属していた部署では、今回は小規模なものに留まると思っていました。しかし、大幅な異動があったようです。管理職であるスタッフの半数が入れ替わりました。その内、私と対立していた課長がトップを走っていた部長昇進レースから脱落し、閑職に異動となったそうです。替わりに、本社から人格者、且つマネジメント能力の高い新センター長が着任したそうです。

刺し違えて心中

本当なら退職などしないで、あの人達と戦い続けるべきだったのでしょう。しかし、入社2年目の契約社員が既存の体制をひっくり返すには、用意周到な準備と確固たる信念、そして何より健康な体が不可欠でした。しかし、私には浅はかな知識しかありませんし、汚れ役に徹する精神の強さも健康な体も持ち合わせていませんでした。私の小さな器に、周囲からの大きな期待は収まらなかったのです。

そんな私が考え出したのは「刺し違えて心中」の道でした。こんなことを言っては烏滸がましいですが、私がいなければ数々のプロジェクトがとん挫することは目に見えていました。案の定、私の退職後、いくつかのプロジェクトが失敗と中断を余儀なくされ、スタッフの能力不足が露呈しました。上層部もこの事実を見過ごす事は出来ない筈です。私は切羽詰まってボロボロでしたし、スタッフの能力不足を訴える手段は、これしかありませんでした。そして、当初の目的通り、私のクビと引き換えにアンポンタン横暴スタッフから職場の皆が解放されたのです。あれだけ見くびっていた、私如きに刺し違えられちゃったのです。

ざまぁ!

私はあの人たちの全てを否定したり嫌いだったりしたわけではありません。毎日夜遅くまで残業をしていたことも、彼らなりに私たちを気遣ってくれていたことも知っています。しかし、それと同時に沢山の仲間の心を傷つけ、希望の芽を摘んだ罪を忘れるはずもないのです。

私は既に就活の書類選考に落ちて、いくつかのため息をついています。しかし、今後の就活がどんなに困難を極めようとも品性下劣と罵られても、出てくる言葉はひとつだけでした。

ざまぁ!ざまぁ、みさらせ!ミソラシド~♪

言葉は言霊になって、自分に返ってくるとも言いますね。でも、そんな事知ったこっちゃねーわ。

ざまぁ!

私の意見に聞く耳を持たないで、否定したりスルーし続けたりしたのは会社の上司たちです。今の結果を招いたのは、私だけの責任ではありません。私と貴方たちが招いた事なのです。ざまぁ!としか言いようがないでしょう。

それから、新しいスタッフのもと、残された皆が「やりがいをもって働き続けられる」事を願ってやみません。

前職の記事

スポンサーリンク
ぢるんぢるんブログのレクタングル(大)




ぢるんぢるんブログのレクタングル(大)




フォローする

スポンサーリンク
ぢるんぢるんブログのレクタングル(大)




コメント

  1. ジャイアン より:

    差し違えて心中実行経験のあるジャイアンです!

    私の場合は、上司の方の首を先に切りました。すると、出てくる出てくるいくらでも出てくる、問題上司への悪評判。会社を辞めるために社長と直談判もしたのですが、その時でさえ出てきましたからね。知ってたんならなんとかしとけよ!っちゅう話です。本人がいなくなってから、一番の責任者がソイツの悪口を言うという展開に、とてもゲンナリ。と同時に、この会社を辞めるのは正解だと確信したものです。
    私の退職の方が後になりましたので、少しだけ私への評価の声も耳に入ってきました。曰わく、よくあんなヤツの下で4年も仕事したね、俺なんて1度の出張同行だけで酷い目に遭ったよと。新社会人だった私は、勿体なくも会社様が役職者に任命してる人なんだから、絶対に力がある人なんだとバカ正直に自分に言い聞かせてましたから、その声をきいた時は、肩から何かが落ちた感じがしました。
    あの4年間の経験がしばらくはトラウマとなって残り、30代半ばまでは酷い自己不信に陥ってました。そしてこのバカ上司が、つい3・4年前まで、私の夢の中にも頻繁に出てきてました。自己否定に走る自我が、そうした人物像になって夢の中に現れていたようです。

    あの経験を「いい経験をした」と、心から素直に評価できるようになったのは、ここ1年ぐらいのことです。つまり、自分の中で強い自我として昇華させるのに、約30年かかってるんです。今だから言えます。頑張ってきて本当に良かったと。

    自分に本当の力を付けてくれるのは、一見すると敵に見えるような存在だというような言葉もあるそうです。既に敵だらけだった人生を歩んでこられたぢるんぢるんさんには、頷ける言葉ではないでしょうか。そうしたぢるんぢるんさんだからこそ、人の痛みが分かり、生あるモノへの思いやりも人一倍強いのだと思います。

    • ぢるんぢるん より:

      「一見敵に見えるような人が実は人を成長させる」という事を理屈ではわかっていても、あの渦中、私は孤立無援でした。去年6月までは、助けてくれるスタッフがいたのですが…。私一人では力不足でした。私が理解できるようになるには、まだまだ修行が足りないようです。

      それから、本当のところ一番の問題は、健常者の管理職スタッフではありませんでした。障がい者のリーダー社員が一番悪質でした。自身の出世のためなら、どんな破廉恥な事も平気でする人たちでした。せめてスタッフだけでも引き剥がさないと、どうしようもない状態でしたから、一応の成果は得られました。

      この記事は本来書くべきではなかったのですが、残された皆へのメッセージでもあるんです。皆、今でも復職して欲しいと言ってくれるのですが、そんなに簡単な決断ではなかったですし、それは嬉しい言葉と同時に辛い言葉でもあるんです。