先月応募した市営住宅(事故物件)の抽選結果が届きました。残念ですが「落選」でした。
あれから、いろんな人に「事故物件」に申し込んだことを話しました。話した皆さんには「えっ!?それって、怖くないんですか?」という心配の声をかけてもらいました。しかし、強がりでもなく私は「事故物件」をそんなに気にしていません。だって、理由(わけ)合って亡くなった方を必要以上に怖がるのって、故人に対して失礼だと思うのです。もし、私が事故物件に扱われるような死に方で死んで、死後も延々怖がられるのって、なんか嫌だもん。新しい人に住まわれて、テキトーに忘れて行って欲しいと思うのです。「死」は特別なことではなく、誰にとっても平等なのだから、死んでまで他人に敬遠され続けるなんて、悲し過ぎる事だと思うのです。
という訳で、今後も公営住宅の申し込みは、一般募集も事故物件も関係なくしようと思います。多少の曰く付きでも安い家に住めたらラッキー!と思ってます。
こういう言い方は語弊を生むかもだけど、私の人生に於いて「事故物件に住む」なんて事は、
大事ではないのです。これまでの数々の事故に比べたら、大したことねーっすわ。本当に嫌なことは、生きてる人にされますし、反対の嬉しいことも生きてる人にされるものです。
いろいろあっても、死んじゃったらみんな平等!
生きてるうちは難しいけれど、死んじゃったらみんな平等!
それで良くなくね!?
コメント
「残念ですが 落選 です」
この表現は、関西ならではのセンスじゃないですか?
東京あたりだったら、「抽選結果:落選」なんてところじゃないですかね。
「残念ですが」は良く言えば「人情味がある」、悪く言えば「文句を言われそうでビビッている」。いずれにしても、人の温もりを感じますね。
数打ちゃ当たる(かもしれない)、で行くしかないですかね。
私も大阪が長くなってきたので、感覚がマヒしているのかもしれません。「残念ですが 落選 です」 って、確かに関西的ですね!
今となっては、「抽選結果:落選」だけだと、なんか寂しい気がします。これからも物件の種類に関係なく、応募してみます。(^_^)/
コメントしたくてもできなくて、ず〜っとご無沙汰です!
いやもう、何が何だか大変で(ーー;)
落選っすか!
納涼お泊まり大会を開催したいと思っていたのに、残念です!!
ぜひ次も挑戦して、ぜひ事故物件を引き当ててください!
エ?
目的が違う?
こりゃまった失礼いたしやしたぁ〜〜〜〜〜〜!
ほぼ当ると思っていのですが、残念でした。orz
裏ブログ拝見しています。凄く大変そうですが、無理はなさらないでくださいね。(^_^)/