アンニュイな一日

今日は特に何もしない一日でした。「ジムトレ」→「筋肉痛1」→「プール」→「筋肉痛2」
という筋トレルーチンでいうと、「筋肉痛2」の日でした。何処かにお出掛けしたいとか、能動的な欲求が薄くなり、脳内は「ゴロゴロしやがれ!」の命令に支配されるのです。そーそー、今日私はゴロゴロと過ごしました。ゴロゴロしながら、鼻毛でもカットしようと思い、鼻毛カッターと例のモノを用意したのでした。

100均鏡(修理前)

例のモノ、コレはなんでしょう?

100均鏡(答えは鏡です)

そお!鏡です。ペロッと剥がれちゃったのでした。そして、剥がれ落ちた接着面を確認して、ビックリしました。

100均鏡(両面テープって…)

だって、まさかの両面テープ接着なんだもん。何コレ?工作の宿題ですか?

100均鏡(修理完了)

まぁ、100円なんで、こんなもんだと思いました。まぁ、仕方ねーなーって感じでした。剥がれた鏡は、アロンアルファで再接着しました。途中、接着液が吹き出して(強く押し過ぎ♪)、( `°罒°)ムキーっ!とか、エモーショナル(感情的)な瞬間がありましたが、総じてアンニュイ(けだるい感じ)な一日でした。
それでは皆さん、ごきげんよう。(*´・ω`)y━・~~

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コメント

  1. ジャイアン より:

    あっという間の急転直下!
    第1種戦闘配備中のジャイアンです!w
    詳しくは裏ブログをみためぇ!www
    頭おかしい事、イッパイ書きました(^_^;)
    裏には書かなかったのですが(当人が見たら心配するから)、帰り道は胃痛と十二指腸潰瘍痛のダブル攻撃!
    一緒にいる時には努めてリラックスムードを醸し出してるんですけど、その為には思いっきり感覚を研ぎ澄ませて感度をメッチャ上げて観察眼と洞察力をマックスに。
    絶対にブレないハガネの意思で見えないはるかかなたを見通すようにしながら(目の前のあまりの出来事に振り回されない様にするには、そうするっきゃないんですわな、コレが)あんまりな現実に向き合う。
    それらが一挙に無意識の内に始まるのですが、オフにする方法までは知らないので、困っちゃうんですな。
    裏には書き忘れたんですが、当人曰く、メンタルでキツかった時よりは全然楽!なんですって!
    ウン、確かに程よく脱力できてたし、自己コントロールの安定感がハンパねぇし!
    強いわぁ〜、ホンマ!
    感服です!
    こう言う素晴らしい人生劇を特等席で観させてもらえてる私って、メッチャ幸せ者ですよ!
    という本日でございましたw
    アンニュイとは程遠いなぁ、オレは…w

  2. ぢるんぢるん より:

    裏ブログも(ガッツリ)拝見しています。
    ただ、リアルタイムで当事者の方もご覧になると思うので、安易なコメントは控えさせてもらってます。文章だと誤解が生じ易い、という理由もあります。
    ここのコメントだと少し書いても大丈夫かな?
    人の生死を挟む問題に寄り添う事はとても辛いことです。例え、苦しみから解放されるのだとしても、その人と二度と会えなくなってしまう「別れ」の前に、誰も平穏ではいられないからです。もし、私がジャイアンさんの立場だったら「苦しかったね」「頑張ったね」と言う言葉意外、何も出来なかったと思います。お友達に、本当の意味で寄り添えるのはジャイアンさんだけだと思います。お辛いと思いますが、どうか、最後まで寄り添ってあげてください。

  3. ジャイアン より:

    平静でいられるジャイアンです!
    何でですかねぇ〜(^_^;)
    小学一年の時に海で溺れまして、遠いていく海面を見上げながら、あぁ僕は死ぬんだなと思った事があります。
    頭の中で、生まれ落ちてから溺れる迄のわずか七年の記憶が映像となって走馬灯の様に駆け抜けて行きました。
    幸いにして、走馬灯を見た直後に、私の右手が護岸の岩に触れまして、自力で海中から這い上がる事ができました。
    しかしその時の経験は、私にとってある意味で決定的だった様です。
    死は怖くないんだ。
    そう思う様になったからです。
    実母が自宅浴槽で溺死した時も、妻の母親が亡くなった時も、実父が息をひきとった時も、私は常に冷静でした。
    逆に妻の母親の時以降は、どうか安らかで悔いのない死を迎えて欲しいと念願する毎日でした。
    その頃の私の中では、死とは、次なる生への旅立ちなんだと思う様になっていました。
    現在も彼女に対しては「可哀想」という感情は少しもありません。
    本当に良くやった!という祝福の感情の方が、他の感情よりも圧倒的に勝ってます。
    事、死という問題になると、私は感傷的にはなれません。
    厳粛な旅立ちの儀式を、私の微力で如何に荘厳して差し上げられるか。
    私の意識を支配するのは、そういった考えです。
    ま、私は彼女の彼氏じゃないし、彼女にはいつも旦那さんや彼氏がいたし、私は彼女の人生劇の上では、完全に黒子なんです。
    現在の彼氏の本当にエライところは、自分の手に負えない問題は、素直に私に投げてくれる事です。
    当然、彼氏の中では忸怩たる想いもあるでしょう。
    でもそれ以上に、彼女の為に自分のプライドを捨て、私を頼ってくださります。
    それは本当にエライなぁ〜と思うのです。
    そういう事も含め、彼女の人生劇の最終章は、本当に恵まれたなぁと私は素直に感じてます。
    その様な展開、時を呼び込んだ彼女の生き様を、心から祝福したいと思うばかりです。
    こういう人生劇に付き合わせてもらえたのは、私にとってはこの上ない幸運ですね!
    今までのあんな事やこんな事も、全て吹き飛んでお釣りがドン!と降ってきたような感じですw
    何事も最後が肝腎!
    更に心を引き締めて、暖かく見守っていきたいと思っています。
    裏へのコメントの配慮、ありがとうございます。
    でもね、当人は全く見てないんですよ。
    それに、仮に見たとしても、何を書かれても平気ですよ彼女は。
    今まで散々な事を言われ続けてきた人ですから、あのブログへのコメントなど屁でもないでしょう。
    逆に別れた元妻はちょくちょく見ているようですw
    元妻には本当に申し訳なかったなぁ〜とも思ってるんですが、まぁあそこまで出来れば、上等でしょう。
    他の人なら間違いなく逃げてますよ。
    そんなこんなを考えていると、元妻こそ可哀想だなぁと、最近ちょくちょく思う様になってきました。
    これは絶対にあの裏には書けない事ですけどw

  4. ぢるんぢるん より:

    私も過去に3回ほど死に掛けたことがあり、直近は7年前に障害を負った時でした。何度も、何度も暗い闇の底に落ちてゆく感覚がありました。だから、正直言うと私は「死」に対して恐怖を感じます。諦めを受け入れて、闇の底に落ちるのがとても怖かったからです。
    そして、「諦めを受け止められる、悔いのない人生を送ろう!」と思うようになりました。「死」を見つめて、より良く生きようと思う「死生観」は、こうやって養われるのだと知りました。
    ジャイアンさんやジャイアンさんのお友達は、過酷な人生を「死生観」を持って生きられていると思うのです。私はブログを拝見して想像するだけですが、とても良い「死生観」の勉強をさせてもらっています。
    コメントに関しては、熱狂的なジャイアンさんファンが、正直ちょっと怖いかも?(一応、アクセス解析もしてるので…)なので、あまりコメント出来てません。たまのコメントも、実はチョードキドキだったりします。(ノll゚Д゚llヽ)