退職しました

他事業所への異動はお断りし、5月14日付にて退職しました。異動前の研修には行きませんでした。先に研修に赴き、良かったら異動というお話でした。しかし、その日までに言語を滅するような嫌がらせ(思い出したくもねーわ)が続いていました。そして、いざ研修の日程を決めようという面談中、折れかけていた私の心は、ポッキリ折れてしまったのです。「他の事業所の話だけど、ゴネ得(ゴネて得した)なんて思うなよ!」などと、チンケな恫喝を聞いた瞬間、私の心の中に静かな決断が下りてきたのです。「申し訳ありません、辞めます。もう、結構です」そう私の言葉を聞くと、上司は態度を急変させ「そうか、そうか、お疲れさん」と言い、笑みまで浮かべてきました。…どーせ、他の事業所で自分に不利な噂を流されたくなかったのでしょう。定年まで無事に過ごせば、たぶん数千万の退職金を満額でいただけるのですから、こんな所で私なんかに煩わされたくないのでしょう。彼の思惑通りに事が動くのは癪に障る気がしますが、もう、本当にどうでもいい。面談を終えた時、私は小さく強く言葉を発しました。「もう、この会社に関わりたくない。早く辞めたい」と。

退職まではあっという間でした。「自己都合退職の場合、他の社員に悪影響が出ないよう翌々日には居なくなって欲しい」と言われましたが、現場の引継ぎもありましたから、プラス数日の猶予をいただきました。まあ、それで今後上手く行くとは微塵も思いませんが、必要最低限な情報は整理しておきました。

最後の最後、退職日にもビックリしました。こんな問いをされたからです。「皆に退職の告知をしますか?」と訊かれたのです。私、仮にも(なんちゃって)リーダーでしたけど、そんな人がある日消えてもノーアナウンスなのでしょうか?「お好きにどうぞ」私は、そう答えました。すると、上司たちは「する」「しない」という、どうでもいい論議をした後、さらにこう訊いてきました。「告知はしないと悪影響だからします。ところで、退職の挨拶はしたい?」と言うものでした。私は「もう、どうにでもしたら」と思いましたが、この職場でお世話になった方はたくさん居ます。今、目の前にいるこのアンポンタン上司たちに掛ける言葉はありませんが、お詫びとお礼を言いたい人はたくさんいるのです。告知をする以上、挨拶はさせてもらえるようお願いしました。

今までありがとう

そして、5月11日に出勤最終日を迎えました。挨拶を終えて外の通路に出ると、社長と支店長からそれぞれに声をかけていただきました。また、その後、他の事業所へ異動したメンバーも駆けつけてくれて、送別会も開いていただきました。数々受けた理不尽な仕打ちも、こんな事があると救われるものですね。

次の転職先は決まっていません。しかし、チャンスがあるのなら、今度はその順番を間違わないよう、もっと慎重に、そして大胆に行動していこうと思います。そして、これは心からの言葉です。ありがとうございました。

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コメント

  1. ジャイアン より:

    大変にお疲れ様でした。しっかりと休養も取り、時間がかかっても、今のぢるんぢるんさんに整えられる万全の態勢で、次のステップに臨まれるよう、心から願ってやみません。ホントーにお疲れ様でした!

    GWが開けて、ズッと気になっていました。
    「俺の目が黒いうちにお前の出世があると思うなよ」
    自分が後顧の憂いなく退職できるようにするために(彼の不正の責をなすりつけられそうになっていたのです)、直属上司の業務上横領を告発し、彼を退職に追い込みました。後日、結構な上級役職者から凄まれた時に言われた言葉です。退職当日、挨拶のために管理職面々の席を回る私の顔を見つけるなり、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げていきました。一人だけ気づき損ねて私の挨拶を聴かざる得ない状況になったのですが、「オ、オゥ」と言うのが返答でした。私を、全ての不正を知り、自らの立場を危うくする人間だとでも思ったのでしょうか。こうした経験から、なんと見識の浅い、幼稚な連中であったのかと、ホントーに呆れかえり、そんな連中にビビっていた自分を笑いました。
    「データの変換とかでまたお世話になることがあるかも知れませんねぇ」
    『お前は仕事ができすぎるおかげで、コチラのスタッフのスキルが伸びない』という屁理屈で、外注業者だった私を切り捨てた、プライドだけの仕事が全くできないフニャ○ン野郎に、最後の打ち合わせ終了時に言われた言葉です。何を言われても、全てにこやかに聞き流し、立つ鳥跡を濁さずでいこうと腹を決め、事実、その通りに事を運べたと安堵した瞬間に聞かされた言葉です。

    私も若かったですね。瞬間にカチンと切れて、「エェ、私が廃業してなければ」とにこやかに返してしまいました。他にもっと言いようがなかったかと、今も自分の至らなさを悔やんでいます。
    他にも山のように言われています。真っ正直に、良かれと思って言えば言うほどに、必ずよく言われません。こちとら、自分の生き様をかけて生き、ものを言っていますので、相手がどう悪意に取ろうが一向に構わず、言うべきことは言い続けてきました。これからもそうします。そうすることが私のためであるし、結果として相手のためにもなると信じているからです。

    それでもアレコレ言われるのは、自分がオカシイのではなく、私を「オカシイ」と断罪する方がオカシイからです。これはもう、仕方がないと思っています。無自覚なままオカシイ人もいますし、薄々「自分はオカシイかも」と無意識のうちに自覚しているオカシイ人もいます。どちらも厄介ですが、明瞭に私を害する立場に立ったのは、後者の「無意識のうちに自覚しているオカシイ人」であったろうと感じています。

    この期に及んで「ゴネ得」などと発言したその方は、明らかに後者の方です。自分がオカシイ人であり、会社にとって無用、もしくは害毒でさえあるということを、自らは認めないものの、周囲の反応から薄らと自覚している人です。それでいて、そうした自分を今さら変える方法を全く思いつかないし、そもそも変えようとさえ思えない。ただひたすら、今いる会社にしがみつくしか能のない、能なしです。こーゆー人が、本当の意味での「社会からの落伍者」ですよ。

    社会は刻刻と変化しています。従来とは桁違いに大きく、深く、かつ速まっている変化に戸惑っているのが、現代なのかなぁと感じています。でも、そうした変化の連続の中にあって、社会が未来に希求している方向性は、よりハッキリしてきているとも考えています。それは人間性です。人間力とも人格力とも言っていいものです。それは、どんな状況にあっても、自分にも、周囲にも、明日を生き抜く力、希望とか勇気とかを引き出せる人です。

    冬の厳しさを知る人ほど、春の暖かさを知る。言葉を替えれば、冬の厳しさを知っても、尚今だ諦めることを知らない人だけが、自分の中に、そして周囲の人の中にも、可能性を見いだす眼を持つことができる、とも言えるのではないでしょうか。
    そうした可能性を見いだす眼を、ぢるんぢるんさんは持っておられるからこそ、職場に横行する理不尽に怒りを覚えたし、声もあげ、行動にも及んだ。私はそのように理解しております。その上での決断です。ですので、私はぢるんぢるんの決断を断固支持しますし、今後にも大いに期待しております。

    どうかどうか、お体だけはしっかりとご自愛下さい。

    • ぢるんぢるん より:

      ズバリ、私の上司たちは、「自分がおかしいかも知れない」という自覚があるタイプです。そして、どうしようもなく次の行動がアンポンタンなのです。私は反対意見だけを訴えた訳ではなく、常に対案を提示し問題解決を試みたのですが…。

      ( ˘ω˘ ) ううん、もう過ぎた事を言うのはやめましょう。

      退職して数日が経ちました。元同僚からのメールによると、既にチームが機能不全を起こしているようです。繁忙期でもないのに、残業(基本NGの会社です♪)対応でも追い付かないそうです。でも、薄情かもしれませんが私にはもう関係ありません。安易な責任転嫁なんかしないで、責任を取るべきスタッフが、ちゃんと責任を取りゃぁ~いいんです。

      いつもコメントありがとうございま~す。(^^)/